「”運気のいい日はあるのだろうか?”」

こちらの記事をリブログさせていただきました。



記事の著者である菊乃さんが、
最後の最後におっしゃったお言葉。

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手帳をつくって私は「待つ」「少し冷静になる」ができるようになったのかな。
あと「大吉」と出ているといいことを探し、「やっぱり運いいな!」と思うけれど、
「凶」とでていれば悪いことを探すようになり、「やっぱり運が悪いな」と思っちゃいますね。

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本当にそうですよね。(笑)
このように思われている方が9割では?と思うほど。

このように、日々の出来事に対して

「意味を後付け」

している人は、本当に多いんです。
(良し悪しではなく)

人ってどうしても、何かの象意、出来事に対して、
意味見出したい、意味を付けたい生き物なんです。

例えば、お墓参りなんかもそうですよね。

「ご先祖様の供養のため」という大義名分はあるけれど、
本当は、遺された私たちが心を整理するため、
亡き人を思いたいがために、するものでもあると思うんです。

神社での参拝時に紙垂が揺れれば、

「神様がいらしたわ!」

と思いたいものですし、

突然雨が降ったり、虹が出たりすれば、

「これも何かの吉兆だわ!」

と思いたいのが人間なのです。

つまり人は、そうやって様々なことに関連付け、意味付けを
することにより、自分の頭や心の中を整理しているのです。

私も通書を用いて、日々の吉日、凶日を見ていますが、
あくまでも「これで上手くいったらいいな~」程度のもので、
深刻に、胃がキリキリするほど気にすることなど有り得ません。



例えそのように必死の形相(←怖い。笑)で吉日選びを
したとしても、その人の自己マインドや、日々の習慣、行いの方が
何百倍も、何千倍も人生に影響していると私は思っています。

その方が、より真理に近いと思いませんか?

だからこそ、凶日に悪いことが起こっても通書のせいになんか
しませんし、それによって心が動じることもありません。

これが、通書(吉日選び)に頼り過ぎていると、

「やっぱり悪い日だったからだわ!」
「きっとそうに違いないわ!」
「だから離婚したんだわ!」
「だから不合格だったんだわ!」

そうやって凶日に責任を擦り付けることによって、
自分の心を無理やり整理しているのかもしれません。

本当の原因は「凶日ではなく自分」だったかもしれないのに。

凶日のせいにすれば、自分は楽になれるから。
凶日のせいにすれば、言い訳が出来るから。


日選びは大切ですが、「これで上手くいったらラッキー」
くらいの心持ちで十分ではないでしょうか。

方位術なんかも、そうだと思います。

この方位に移動したら、ラッキーなことがあった。
逆に、良くない事があった。

というのも、まさに、「意味の後付け」ですよね。

なぜなら、どう頑張ったって、
100人中100人が同じ結果にはならないわけですからね。

フライングスター風水もしかり、方位術もしかり。

最近の若い世代は、吉凶日にこだわらない方が増えて
いらっしゃるようですが、ある意味、それもアリでしょう。

自分にとって、何が大切なのか。

そのプライオリティを理解せずして、
自分にとってより良い吉日選びなど出来ないと思います。


Rie


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# by hibikore-fengshui | 2018-01-19 07:30 | 吉日選び | Comments(0)

風水コンサルタント 内海莉絵


by Rie Utsumi
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